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県外出身の私が豊田市に住んで驚いたこと3選|千葉と東京で育った主婦が見た豊田市

千葉の新興住宅地で小学生時代を過ごし、中学からは東京で育った私は、結婚を機に愛知県豊田市に住むことになりました。もう14年が経ちました。

関東にいた頃は「トヨタ自動車」という会社の名前は知っていましたが、「トヨタの街」があるとは知りませんでした。実際に住んでみると、想像していなかったことがたくさん。今日は、よそから来た私が驚いたことを3つ紹介します。豊田市への引っ越しを考えている方の参考になれば嬉しいです。

目次

驚いたこと① 車がないと、子どもの送迎が成り立たない

私が育った千葉も東京もバスや電車が10〜15分おきに出ていたので、週末は車で出掛けていましたが、基本的には皆、公共交通機関を使って生活をしていました。あと、「駅」というものは、商業施設や病院や遊ぶ場所など、揃っている場所と勝手に思い込んでいましたが、豊田市に来て、「駅」は「バス停」のように電車の乗り降りをする場所なのだと理解するようになりました。

ペーパードライバーだった私が鬱々と過ごしたのは、車が「あると便利」というレベルではなく、豊田市で暮らす人々の「生活の前提」で存在していたからでした。習いごと、部活、友だちの家。子どもの行き先ごとに、親の運転がセットでついてきます。

車を運転しなくても生活できる場所に引っ越し、そこでなんとか生きていこうと思っていましたが、2人の子育ては車無しではやはり大変で、今は私も車を使っています。

驚いたこと② 名古屋が、思ったより遠い

地図で見ると、豊田市と名古屋はそれほど離れていません。池袋から埼玉、東京から千葉、のような感じだと思っていました。「電車もあるし、気軽に行けるでしょ」と思っていた私は、見事に裏切られました。

豊田市から名古屋方面へ向かう電車は、各駅停車の電車しかありません。関東にある「〜エクスプレス」の特急快速のようなものは存在しないのです。そして、東京では、数分待てば次の電車が来ますが、豊田市では時刻表を確認してから家を出るのが基本です。

関東では、お出かけばかりしていた私ですが、この交通アクセスの不便さ故、私は豊田市内に籠るライフスタイルとなりました。しかし、結果として、地域や自宅での時間が増え、のんびりできる生活を今は気に入っています。

驚いたこと③ お祭りが、本気

千葉や東京では、私が暮らしている場所に「神社」などは無くて、お祭りも夏にある子ども会の小さなお祭りくらいでした。新しく作られた街には、昔から続くお祭りがそもそもないんですよね。私は小さな頃から自然や日本の原風景に憧れを持っていて、このお祭りも憧れの一つでした。

豊田市では、夏には「おいでん祭り」という豊田市駅まで「おいでん」という1つの曲をノンストップでかけて大勢で連になり、踊る祭りがあります。四国のよさこいのような連のシステムを取り入れた、この地域だけでしかかかっていない1曲をひたすら踊るダンスのイベントです。そして、秋は神社を中心に山車を引く、秋祭りが開催されます。秋祭りのために、地域の子どもたちはお囃子の練習に通います。私の子ども達も数年間参加させていただきました。

私は子育てをしながら、子ども達が「豊田が大好き」なことを感じていました。自分のふるさとを愛せるって幸せなことだと思うのですが、おそらくお祭りでの地域の方達との交流が楽しいことも大きく影響していると思います。

まとめ:よそ者だから見える豊田市がある

車社会、電車事情、お祭り文化。どれも地元の人にとっては当たり前のことかもしれません。私の子ども達にとってもこの地域のことしか知らなくて、これが当たり前なので「ママはどうして戸惑うの?」と不思議そうです。でも、関東で育った夫と私には大体のことはどれも新鮮な驚きでした。

このブログでは、県外出身の主婦の目線で、豊田市の暮らしや小旅行、ごはんやアートのことを綴っていきます。「豊田市ってどんなところ?」と気になっている方に、少しでも街の空気が伝われば嬉しいです。


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