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豊田に来たばかりの時に私が感じた孤独。そこから抜け出すために親子でやったこと。

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結婚して7年。子どもが生まれてから生活が変わった。

2011年の春に結婚した私は結婚式の次の日に夫の住む豊田市に来ました。

豊田市に住むまでは、1度だけ結婚式の相談で豊田市に夫を訪ねたことはありましたが、それ以外は一度も来たことがありませんでした。関東の実家でインターネットで検索しても豊田市の情報がなかなか出てこなく、心配な気持ちになりました。

それから、住んでみて7年。色んなことがありました。

地域に知り合いがいない県外出身者の子育ては孤独

地域に知り合いが全くいなかった私は「地域での疎外感」を強く感じていました。

生後間もない娘と行く先々で実家の両親と来ているママさん達がいっぱいいて羨ましくて仕方ありませんでした。

「おかあさん、この子ちょっと見てて!美容院3時頃終わるから。」と同じくらいのママさんが実母と一緒にいるのが当たり前のような風景を見かけると、羨ましくなり泣きそうになりました。

自分は疲れても、風邪をひいても、行きたいところがあっても、この子のお世話を1人でしないといけない。この子と一緒にいつもいないといけないんだと自分を追い詰めるようなことを考えたりもしました。

何かあった時に誰に相談したらいいんだろう?地域に祖父母も親戚もいない娘は、誰に声をかけてもらえるだろう?

親に知り合いがいないことで子どもも友達ができなかったらどうしよう。

地域とつながるために6ヶ月の娘と始めたボランティア活動

平日は赤ちゃんといつも2人きり。

誰とも話さず1日が終わる。寝る前に「今日も誰とも話さなかった。」と思って寝る日が続きました。

サークルみたいなものや教室のようなものにも行来ましたが、当時ペーパードライバーだったので「今度は~~で遊ぼう!」とみんなが決めた場所には行けず、やっぱりひとりぼっち。

そんな私が「地域とつながる」きっかけとして始めたのが「ボランティア」でした。

学生の頃に学んだ英語やスペイン語を活かした何かを、子どもと一緒にできたらいいなと思っていた頃でした。

「ボランティアなんてよくやるね。」とよく言われる度に、「そんなに偉いことしてるわけでもなくて、ただ暇なだけですよ。」と言っていましたが、それは本当で少し地域のためになることを、地域の人と一緒にできたら、そこに私と家族の居場所もできると考えたのです。

それに、家に引きこもっているよりずっと良いかな、と。

「ボランティア」と聞いて思い浮かべるような社会貢献などという高尚な気持ちはありません。

「赤ちゃん連れ可」のボランティアなんて実際はなくて、ボランティアは「子育てが落ち着いたらぜひ来てね。」というのが一般的だと思います。

でも、ボランティアを募集している機関に問い合わせをし、実際に赤ちゃんの娘を連れて見学に行き、そこで皆さんと話をし、「いつでもおいで。無理はしなくていいからね。でも、一緒にできるのは嬉しいよ。」と温かく受け入れていただき、私の豊田市での地域探検が始まりました。

継続的に参加させてもらった多分野のボランティア活動

それから私たち親子の生活はぐんと充実したものになりました。豊田市の町名なんて自分の住んでいる町くらいしか知らなかったのに、ボランティアの方達が自分の母と同じくらいの中高年の方が多く、毎回いろんなことを教えてくださり、かなり豊田市や子育てのことを知ることができました。

ボランティアに行くと、まわりの人達が声をかけてくれ、長女はとても嬉しそう。毎回行くのが親子で楽しみになりました。

週に2~3回日本語教室のボランティアに行っていた時期もあったし、多世代交流をしている団体で一緒に活動もしたし、多文化共生の活動をしているNPOの教室にも行かせてもらってお手伝いできる作業をしたり。自分の母くらいの年代の人達と活動しながら、パソコンのことやスペイン語のことで力を出す機会を頂けて、「この地域でも私ができることってあるんだ!」と世界が急に広がって、学生の頃のようにどんどん元気になっていきました。

後になって聞いてみると、この入園前の時期は、ママさん達はベビーサークルや就園前の習い事で充実した日々を過ごしているようで、地元の友人にも「ボランティアなんてやらずに、ベビースイミングとかベビー公文とかやるんじゃないの?」と笑われました。

私はベビースイミングなんてものがあるとは知らないまま地域活動でスケジュールがいっぱいの日々を過ごしました。

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