
こんにちは!
ブログを読んでくださりありがとうございます。
とよたの猫(@toyotano_com)です。
自己紹介


豊田市に来たきっかけは?
愛知県豊田市で仕事をしている夫と結婚をしたので何も知らない豊田市に引っ越してきました。結婚式を東京で挙げて、翌日に車で夫と愛知県に来ました。
夫は既に豊田市で働いていたので、2人で暮らす場所なども結婚前に夫が準備をしてくれて、そこで新しい生活を始めました。
戸惑った地元との違い
親戚も全員関東にいるので、関東での常識が私の中では当たり前。そんな自分が豊田市に来て驚いたことはいろいろあります。
例えば:
- 自動車関連の仕事をしている人多い
- トヨタカレンダーの存在感すごい(祝日は仕事!)
- 地元の人のスピリット強め
- ペーパードライバー肩身狭い
- 3世代で協力して子育てしている家庭が多い
- 「無料」が多い
- 公立王国
そんなにクセが強い地域では無いし、「排他的」な場所では決して無いんです。県外から来ている人、海外から来ている人もどちらかといえば「生活しやすい」場所だと思います。
一番感じた大きな違いは「公共交通機関」が不便!これは、関西から来ているママさん達ともよく話すこと。車で移動することが前提になっているイベントや施設が多く、はじめ車に乗れなかった私は「私はここでは何も参加できない。」とよく落ち込みました。
豊田市の強みは?大人編
色んな意味で「平和」なところが強みだと思います。
時々ニュースになるような事件もあるし、学校も心配になるような事件もあって、決して「パーフェクト」な場所では無いのですが、それでも「真面目」で「安定・安全志向」の人が多いのか、「質実剛健」のイメージ。私の小学生の頃に比べると、豊田市の小学生は本当に真面目に生活していると思います。
なので、そういう文化が好きな人には合っているかも。私はもともと遊んでばかりの小学生で、親も全く教育熱心でなく、習い事などもしていなかったので、豊田市のそういう真面目な文化が刺激になりました。平和なので、頑張ることがしやすいのかな。
子どもが好きな豊田市の良いところ
大人から見る「良い点」と子どもから見る「楽しい面」は違うのかもしれません。
では、子ども目線で豊田市の生活を見てみるとどうでしょうか。
子ども達が気に入っているのはのような部分だと思います。
- 行事
- 自然
- 学校や園の雰囲気
我が家の場合は、「地域の行事」が大好きで「地域への帰属意識の高さ」が楽しさを感じる一つの要因のような気がします。大人からすると、「帰属意識」も良いことだけではありませんよね。「楽しい」時は良いけれど、人間関係やいろいろな縛りで、煩わしくなると、「豊田が一番!地元大好き!」一本で生活していたら、その後どうするのか少々不安になります。
でも、お祭りや地域の方々との交流によって子ども達が楽しく豊田を自分の「ふるさと」として愛着も持てるようになっていることを感じています。
私も元々帰属意識がとても高い人間でしたが、住む場所が変わればまたそこで「ここって良いところだな!」と捉えられていたことを思うと、一つの場所を愛することは他の場所を大切に思うことにつながると考えています。
温かい地域で子育てができて親子で自信がつく
一般的に豊田市の強みを聞くと、「トヨタ自動車があるから税収が多くて、市役所や公共施設が整っている。財政基盤がしっかりしている。」と8割〜9割の人は言われます。財政基盤は確かにとても大事だと思います。精神的な安定から、子ども達に温かい声かけをしてもらえることもあると思うし、人々の暮らしが補助や公共サービスに支えられていることは確かです。
「メリット」と聞かれたら、↑のことを説明する人が多いと思います。
でも、私が実際豊田市で子育てしながら感じるのは、「子ども達が地域に愛着を持つ」のは、地域の横断歩道や交流館、学校、地域活動などで出会う「地域の人たち」との交流の機会。
親でもなく、友達でもなく、「地域の人」との会話。それが「地域の子ども」として恩恵を受けている瞬間だと思います。それが、他の地域よりもしやすいのではないかと感じます。
昔ながらの「地域」に外からの人も触れやすい。山間地区では、お役を受ける機会も多くてもしかしたら大変なことも色々あるかもしれませんが、私が暮らしている旧豊田市の街の中では、程よいバランスで「地域文化」と「利便性」を良いとこ取りできる子育て世帯にはありがたい場所です。
転勤で引っ越した人たちも口を揃えて「子どもが小さな頃を豊田市で過ごせたことは本当に良かった。」と言っていて、私ももし今どこかに転勤することになっても、同じことを言うだろうなと思います。
子どもが生まれてすぐは毎日不安でした。知り合いも友達もいない。情報もない。実家もない。夫は毎日仕事で遅い。本当に誰にも相談ができず、「自分はダメな母親だ。」と落ち込むこともありました。
段々、地域の方や新しく出会った友人達のおかげで楽しく生活できてきた頃、今度は子どもが「幼稚園に行けない。」「学校に行けない。」と自信を無くすことがありました。
私も悩み、親子で引きこもったり、真っ暗な毎日を過ごしたことも。それでも、実家に帰らず、豊田でなんとか頑張っていこうと思えたのは、「小さなことでいいから毎日少しずつ頑張っていこう。」と前を向けるような自信がついてきてたのだと思います。
親子で地域の公園に出かけたり、施設にお邪魔したり、不安を抱えたまま出かけて、行った先で「そっか、大変だったね。」と初めて会ったボランティアや職員の方が声をかけてもらって、そうやって「自分達はここで生活しても良いんだ。」と豊田市を自分達の居場所にしてきたんだと10年を振り返り感じます。